堀茂樹訳 2001年5月31日発行 2014年1月15日15刷
早川書房 ¥660+税
頭を棒で殴られるような衝撃
とでも言えばよいでしょうか
何の予備知識もないままに手に取ったために、一層強烈な印象を受けた一冊でした
作者のAクリストフ氏はハンガリー生まれの女性
20歳で母となるも1956年のハンガリー動乱の際に亡命
離婚・再婚を経てスイスでフランス語を学び、1986年、フランス語で書いた本作が出版され大きな反響を呼ぶことになります
まずは、母語以外の言葉での執筆であるということに感嘆
けれども、何と言っても心を奪われるのは作品そのものなのです
タイトルにもなっている「悪童」とは、戦争が激しさを増す中で小さな町に住む祖母のもとに預けられた双子の男の子のこと
親元を離れ、祖母からも庇護を受けることのできなかった少年たちは生きるために、誰におもねることもなく淡々と自らを鍛えて、したたかに生きる術を身につけてゆきます
本書は、少年たちが自らの記録のために残した日記という体裁
作者は戦争という極限の状況の中、次第に取り繕うことができなくなってくる人間の醜い性を、まるでガラス板のように曇りのない無垢な少年の目を通して描いてゆきます
たとえばこれは、司祭と少年たちのやりとり
「それなら、<十戒>を知っているわけだね。戒めを守っているかね?」
「いいえ、司祭さん。ぼくたちは戒めを守りはしません。第一、戒めを守っている人なんて、いやしませんよ。『汝、殺す勿れ』って書かれていますが、その実、誰もが殺すんです」こちらはソ連のことと思われる<解放者たち>の時代がやってきてからの場面の、少年たちの日記
その後、ぼくらの国には新たに軍隊と政府ができるけれど、ぼくらの国の軍隊と政府を指導するのは、ぼくらの<解放者たち>なのだ。彼らの旗が、あらゆる公共の建物に翻っている。彼らの統帥者の写真が、いたるところに掲げられている。彼らはぼくらに、彼らの国の歌謡曲を、彼らの国のダンスを教える。ぼくらの国の映画館で、彼らの映画を上演する。学校では、<解放者たち>の言語を学ぶことが義務づけられ、それ以外の外国語は禁止されている。
ぼくらの<解放者たち>に対しては、また、ぼくらの国の新政府に対しては、いかなる批判、いかなる冷やかしも許されない。単なる密告を根拠に、訴訟手続きを踏まず、裁判の判決も経ないで、誰でも投獄される。多くの男女が原因不明のまま姿を消し、そうなったら最後、彼らの消息は、もうけっして近親者に届かない。これ以上ないほどの痛烈な皮肉
もう、タイトルにある「悪童」とは、双子の少年のことではなく、それを取り巻く大人たちなのではないかと思えてきます
感情を排した淡々とした記述がいっそうの衝撃をもたらす…
この作品は、20世紀の負の遺産を実感をもって感じられるように、ぜひ今世紀のみならずその先まで読み継がれていってほしい作品だなぁ
集中力のない私にしては珍しく、ノンストップで読み干してしまった作品でした
本作は三部作になっているそうなので、ぜひ続編も近いうちに読んでみたいと思います